仙台高等裁判所 昭和31年(う)526号 判決
原判決の引用証拠によれば、原判示事実は、これを認めるに十分で、記録を精査しても、原判決の事実認定に誤りのあることを認めることができない。論旨は、まず、被告人の原判示所為は、強盗罪を構成するものではないと主張する。しかし、債務者が、債務の履行を免れる目的で、債権者に暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧し、支払を請求をしない旨の意思表示をさせて、支払を免れる場合はもちろん、さらに、右手段によつて債権者に精神上、肉体上支払の請求をすることができない状態に陥らせて支払を免れた場合も同様強盗罪が成立し敢て被害者の意思表示を要しないものと解すべきである。原判決引用の証拠によれば、被告人が原判示の如く自動車運転者をコンクリート破片(原審証一号)で殴打したのは、所論のように単純に、逃走せんがためにしたのではなく、右手段によつて、運転者を乗車料金の請求をすることができない状態にして(殺意の有無については後述する)その支払を免れる意思であつたことが認められるから、被告人の原判示犯行は、傷害の点を除き乗車賃の支払を免れる点のみに着眼すれば刑法二三六条二項、二四三条に該当し、強盗罪を以て論すべきものといわなければならない。次に、論旨は、被告人には自動車運転者を殺害する意思はなかつたと抗争し、被告人の司法警察員谷平和一に対する昭和三一年四月一日附弁解録取書中いわゆる未必の故意に関する供述の記載は、取調官の理詰めの質問に対し、心神耗弱者である被告人が、唯々諾々として肯定した答弁の記録に過ぎないから、証拠としての価値がないと主張する。このうち心神耗弱の点については後述するとして、まず、未必の故意について判断すると、谷平和一の原審証人としての供述によると、右調書は、原判示犯行の直後即ち昭和三一年四月一日午前三時三〇分頃取調をした際の被告人の供述を録取したもので、「石で運転者のどこを殴るつもりだつた」との谷平の質問に対し、被告人は「頭を殴るつもりだつた」と答え、続いて「頭を殴つてあたりどころが悪かつたらどうなると思つたか」と質問され、「運転手は死ぬかもしれないと思つたが死ぬなら死んでも構わないと思つた」と答えたので、これをそのとおり調書に記載したことが認められる。右問答は、犯行後即ち所論の鎮静時における取調官と被告人との問答ではあるが、犯行当時における被告人の心理状態(殺人の故意)に関するもので、犯行後における被告人の心理状態を対象としたものではないことが明白である。所論は、右は理詰めの質問であると非難するが、「頭を殴るつもりだつた」と答えたのに対して「あたりどころが悪かつたらどうなると思つたか」と質問することは極めて自然の発問であつて、いわゆる理詰めの質問というべきではないのみならず、事件の性質と取調の状況如何によつては、いわゆる理詰の質問を必要とする場合のあることは捜査上当然予想されるところであつてそれが強制にわたらない限り違法というべきではない。谷平は、当初、被告人の精神状態については、別段不審を抱かなかつたが取調を進めていくうちに、それが、正常ではないと思うようになつたと原審公判廷で述べていることは所論のとおりであるが、それは、被告人が自ら進んで谷平に対し、最初から運転手を殺害する意思であつたと極めて不利益な供述をし、また、自動車を呼びとめるときは疲労で立つていられない程足が震えてならなかつたのに、自動車に乗つて運転手を殺すんだと考えたら震えが止まつたと一種異様な感を与える供述をし、態度もそわそわしておちつきがなかつたので精神状態が正常でないのではあるまいかと思うようになつたということで、そのため谷平は、被告人が運転者を殺害するいわゆる確定的故意があつたとの供述に疑問を抱き、強盗殺人未遂罪として立件することをちゆうちよし、上司及び検察官の指示を仰いだものであるから(谷平の原審証人としての供述)、前記問答に現れた被告人の供述は、被告人から進んで述べたものであつて、所論の如く谷平の質問に対し被告人がただ消極的に唯々諾々としたに過ぎないものではないことが明らかであるし、また、谷平が所論のように重罪犯の発見に驚喜して被告人の供述に対する検討を怠り、本件が強盗罪を構成するものと速断して被害者に対する被告人の殺意を論理的に推理し、この推理の下に被告人を誘導または強制して右供述をさせたものではなく、さらに、被告人の供述に対して、みだりに法律的判断を加えて未必的殺意を肯定する趣旨の供述として前記調書に記載したものでもないことが明白である。検察官もまた、谷平から右様の報告を受けているのであるから、その職責上被告人の取調に当つては、このことを念頭において、殺意の点に関する被告人の供述の真実性について十分検討をつくしたものと解するのが自然であろう。このことは、検察官が被告人の取調に当つて被告人の経歴、家庭の状況、郷里を無断家出した理由、その後の行動、大阪における勤務振り、雇主方を出奔した理由、その後の行動、原判示犯行の動機態様等について詳細尋問し、所論のように、単に警察官の作成した調書を読み聞かせたに止まるものではないこと(原判決引用の検察官の被告人に対する各供述調書)及び原審第五回公判調書中の検察官の最終陳述の内容を検討することによつて容易に首肯し得るであろう。論旨は、被告人は自殺の意図であつたから乗車賃の支払さえ免れればよいのであつて、自殺ということと、怨恨とてない運転手を殺害するとか死んでも構わないということを結びつけて考えることは困難であると主張するが、この点について、被告人は、検察官に対し、無賃乗車に失敗すれば警察につき出されて自殺することができなくなるから、最初から運転手を殺害するつもりであつたと述べて(被告人の検察官に対する昭和三一年四月一〇日附供述調書)論旨の疑問とするところを説明しているし、記録に現れた大阪出奔以来の被告人の行動殊に原判示犯行当時被告人には自動車乗車料金を支払うだけの所持金さえなかつた事実に照して考えれば、自動車運転者を殺害する意思(たといそれが未必的にしろ)があつても不自然とは考えられない。論旨は、さらに被告人の検察官に対する昭和三一年四月一六日附供述調書中被告人が原判示犯行を計画する前に福島市内をはい回中酔漢に衝きあたられたのを怒つて、石を拾つて追いかけた記載のあることを指摘し、もし実際殴打したならば本件と同様殺人の未必的故意を認めた被告人の供述調書が作成されたにちがいないと主張するが、凡そ事実の認定は、単にその外部的挙動のみを対象として判断するものではなく、いつさいの附随事情即ち具体的客観的事情と行為者の主観的事情を証拠によつて綜合判断するものであるから、所論の場合必らずしも殺人未遂罪に問擬されるものとはいい得ないのみならず、この主張は、刑事事件の発生を想定し、かつ確たる根拠もなくて捜査官の悪意を推定するもので本件の控訴趣意としては相当でない。
以上の判断に、さらに、後述するように、原判示犯行当時の被告人の智能の程度及び意思状態が通常人とさして変りのないことを綜合して考察すれば、被告人が捜査官に対し、本件被害者である自動車運転者を殺害する意思のあつたことを任意に供述したと認めるのが相当であるから、原判決が被告人の検察官に対する供述とその余の引用証拠とを綜合して被告人の未必的殺意を認定し本件が刑法二四〇条後段、二四三条に該当する所為として処断したことは、まことに相当で、原判決には、所論事実の誤認ないしは法令の適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 斎藤勝雄 裁判官 有路不二男)